「Microsoft 365を導入し、Power Platformも全社員が使えるようにした。」
「社員向けのハンズオン研修も実施した。」
「それなのに、現場の業務での活用が進まない…」
市民開発の推進を担当されているDX・AI推進部門の方から、こうしたご相談をいただくことが少なくありません。
株式会社モコベルCEOの丹野です。
これまで複数の企業のDX・AI推進部門の方とお話しし、200人以上の市民開発者の技術支援に携わってきました。
その中で強く感じているのは、市民開発が進まないのは「社員のやる気がないから」でも「ツールが難しいから」でもない、ということです。
壁は、「何をつくるか」を見つけるところ、「つくり始めてから」行き詰まるところ、そして「つくり続ける」ための環境の中にあります。
この記事では、私が支援の現場で何度も目にしてきた5つの壁と、それぞれの乗り越え方を紹介します。
- 壁1:研修を受けても、自分の業務に結びつけられない
- 壁2:つくり始めてから手が止まる
- 壁3:ルールがない、または厳しすぎる
- 壁4:つくったものが属人化して保守できない
- 壁5:業務時間が取れず、評価もされない
壁1:研修を受けても、自分の業務に結びつけられない
よくある状況
ハンズオン研修では、講師の手順に沿って在庫管理アプリや申請フローを完成させることができた。
受講後アンケートの満足度も高い。
ところが職場に戻ると、「で、自分の仕事では何をつくればいいんだろう?」と手が止まってしまう。
実は、これが一番よく聞くお悩みです。
なぜ起きるのか
ハンズオン研修で学ぶのは、あくまで「研修用の題材」のつくり方です。
それを自分の業務に活かすには、次のような抽象化と具体化の往復が必要になります。
- 研修の題材から「データを集めて一覧にする」「承認を回して通知する」といった型を取り出す
- 自分の業務の中から、同じ型が当てはまる作業を見つけ出す
この「抽象化する力」には、どうしても個人差があります。
研修の題材を見てすぐに「これはうちの月次集計にも使える」と気づける人もいれば、操作手順は完璧に覚えても、自分の業務と結びつかない人もいます。
ここで強調しておきたいのは、後者の方の能力が低いわけではない、ということです。
問題は、研修という場がこの「結びつけ」を受講者一人ひとりに委ねてしまっていることだと、私は考えています。
その結果、市民開発が一部の「勘のいい人」だけのものになり、組織全体には広がらないという状況が生まれます。
乗り越え方
ポイントは、ツールから入るのではなく、自分の業務課題から入ることです。
- まず自分の担当業務を書き出し、「手作業での転記」「毎回同じ集計」「メールでの確認依頼」など、改善の余地がある作業を洗い出す
- そのうえで、「これはPower Automateで通知できそう」「これはPower BIで自動集計できそう」と、ツールを当てはめていく
- 最初の1本は、小さくて頻度が高い業務を選ぶ
とはいえ、自分の業務を客観的に整理すること自体が難しい、という方も多いはずです。
毎日当たり前にやっている仕事ほど、どこが非効率なのか、自分ではなかなか気づけないものです。
そこで、私がおすすめしているのが Microsoft Copilotを壁打ち相手にする方法です。
業務の流れをCopilotに説明し、対話しながら整理していくと、自分だけでは言語化できなかった課題や、改善の方向性が見えてくることがあります。
もちろん、Copilotが常に正解を出してくれるわけではありません。
それでも、ひとりで頭を抱えるより、「一緒に考える相棒」がいるだけで、業務と改善策を結びつけるハードルはかなり下がるはずです。
壁2:つくり始めてから手が止まる
よくある状況
つくりたいものが決まり、いざアプリやフローをつくり始めた。
ところが、次のような場面で手が止まり、開発そのものが止まってしまう。
- 思ったとおりに動かない
- エラーメッセージの意味がわからない
- この設計で合っているのか、自信が持てない
なぜ起きるのか
研修で学んだことと、実際に自分の業務でつくることの間には、大きなハードルがあります。
実務では、研修では出てこなかった条件やデータの形、例外処理に必ずぶつかります。
そのとき、社内に気軽に聞ける相手がいないことが大きな壁になります。
Webで検索しても情報は断片的で、自分のケースに当てはまるかどうかの判断も難しい。
Copilotなどの生成AIに聞いても、その通りに試してうまくいかなかったり、そもそも何をどう聞けばいいのかがわからなかったりすることも少なくありません。
ひとりで何時間もエラー画面を見ながら悩んだ末に、「やっぱり自分には向いていない」とあきらめてしまう。
支援の現場では、そんな声を本当によく耳にしますし、実は私自身も経験したことです…
乗り越え方
- 困ったときに相談できる場を、仕組みとして用意する(定例会、チャットでの相談窓口など)
- 社内の詳しい人ひとりに負荷が集中しないよう、相談の受け皿を分散させる
- 「答えを教えてもらう」だけでなく、なぜそうなるのかを理解し、次は自分で解決できるようにする
市民開発が定着するかどうかは、つくり始めてから出てくる「わからない」に、すぐ応えてもらえる環境があるかどうかに大きく左右されます。
壁3:ルールがない、または厳しすぎる
よくある状況
ルールを決めないまま市民開発を始めた結果、誰がつくったかわからない「野良アプリ」や、個人の資格情報で動くフローが増え、情報システム部門が警戒を強める。
逆に、最初から制限を厳しくしすぎた結果、申請や承認の手続きが煩雑になり、現場にとって開発のハードルが上がってしまう。
なぜ起きるのか
ガバナンスを「後回しにする」か「先に完璧に固めようとする」か、どちらかに振れてしまうことが原因です。
どちらも、組織や利用者を守ろうとした結果であることが多く、気持ちはとてもよくわかります。
乗り越え方
最初から完璧なルールを目指す必要はありません。
次のような、最低限必要なルールから始め、利用状況を見ながら広げていくのが現実的です。
- 個人の試作用と、部門で使う本番用など、環境の分け方を決める
- データポリシー(DLPポリシー)で、接続してよいサービスの範囲を決める
- ライセンスの範囲で何ができるか、どこから追加費用がかかるかを整理しておく
ルールは現場を縛るためではなく、安心してつくれる範囲を示すためのもの。
そう位置づけると、情報システム部門と現場の双方が納得しやすくなります。
なお、具体的な設定方法やライセンスの条件は、組織の契約内容や製品のアップデートによって変わることがあります。
検討の際は、以下のMicrosoft公式ドキュメントもあわせてご確認ください。
壁4:つくったものが属人化して保守できない
よくある状況
便利なアプリが現場で使われていたのに、つくった人が異動・退職した途端、誰も直せなくなった。
仕様がわからず、エラーが出ても手がつけられない。
なぜ起きるのか
市民開発では、つくることに集中するあまり、設計やデータの置き場所が場当たり的になりがちです。
また、つくったものを誰かが確認する仕組みがないため、つくった本人にしかわからない状態が生まれます。
これは市民開発者の怠慢ではありません。
目の前の業務を早く楽にしたい、という思いが強い人ほど、記録やルールは後回しになりやすいものです。
乗り越え方
- アプリやフロー、列名などの命名ルールを決めておく
- 何のために、どのデータを使って、どう動くのかを簡単な設計メモに残す
- 用途や規模に応じて、SharePointリストとDataverseのどちらにデータを置くかの目安を持つ
- 共同所有者を設定し、ひとりだけが管理する状態を避ける
- 本番で使う前に、設計や実装を第三者がレビューする
属人化を防ぐ仕組みは、組織を守るだけでなく、「あの人がいないと困る」状態からつくり手本人を解放することにもつながります。
壁5:業務時間が取れず、評価もされない
よくある状況
市民開発が、本業の合間に有志が取り組む「ボランティア」になっている。
熱心な人ほど時間外に作業し、やがて疲弊していく。
苦労してつくったアプリで業務が楽になっても、それが評価につながらない。
なぜ起きるのか
組織として、市民開発を「業務の一部」と位置づけていないことが原因です。
また、業務改善の成果は目に見えにくく、上司や周囲に伝わりにくいという事情もあります。
せっかく周りの仕事を楽にした人が、報われないまま燃え尽きてしまう。
これは本当にもったいないことだと思います。
乗り越え方
- 市民開発に取り組む時間を、正式な業務として認める
- 削減できた作業時間やミスの減少などの成果を見える化し、共有する
- 社内で事例を発表する場を設け、取り組みを称える
市民開発を「個人の頑張り」から「組織の取り組み」に変えることが、定着への近道です。
まとめ:市民開発は「研修して終わり」では定着しない
ここまで紹介した5つの壁は、大きく次の3つに分けられます。
- 何をつくるかを見つける壁(壁1)
- つくり始めてからの技術的な壁(壁2・壁4)
- 組織やルールの壁(壁3・壁5)
市民開発は、ツールを導入して研修を実施すれば自然に広がるものではありません。
- 社員一人ひとりが自分の業務から改善策をイメージできるようにすること。
- そして、つくり始めてからつまずいたときに支える仕組みを用意すること。
この2つが定着の鍵になります。
私は、市民開発の一番の価値は、アプリやフローそのものよりも、「自分の仕事は自分で良くできる」という 小さな成功体験を現場の一人ひとりが持てる ことにあると考えています。
現場の社員の方は、自分たちの業務を誰よりも深く理解しています。
そして、「今の業務をもっと良くしたい!」という思いを持っている方も、実はとても多いと感じます。
そうした方たちに、安心してつくれる環境と、つまずいたときに頼れるサポートを用意できれば、Power PlatformやCopilotをはじめとするMicrosoft 365の活用は、きっと自然に広がっていくはずです。
まずは、自社の市民開発がどの壁で止まっているのかを把握するところから始めてみてください。
モコベルの支援サービス
モコベルでは、市民開発の「最初の一歩」と「つくり始めてから」の両方を支援しています。
壁1を越える:Copilotで考える業務改善ワークショップ
参加者が実際に担当している業務を題材に、Microsoft Copilotとの対話を通じて改善アイデアを具体化する、3時間の実践型ワークショップです。
操作を覚えるだけの研修ではなく、「自分の業務をどう改善できるか」を参加者自身が考えます。
- Microsoft 365やCopilotを導入したが、具体的な活用テーマが見つからない
- 部門ごとに、実務に即した改善テーマを洗い出したい
壁2・壁4を越える:市民開発者向け技術メンタリング
つくり始めた市民開発者を、Microsoft 365・Power Platformの専門家がTeamsチャットとオンライン会議で継続的にサポートする、月額制のサービスです。
要件整理や実装相談、エラーの原因調査から、設計・実装レビューまで対応します。
組織単位でのご契約で、月の時間枠を複数の市民開発者で共有できます。
解決策を伝えるだけでなく、市民開発者自身が考え、つくり、改善できるようになることを目指しています。
「自社がどの壁で止まっているのか、正直よくわからない」という段階でも、まったく問題ありません。
現状をお聞きしたうえで、必要な支援を一緒に整理します。
お気軽にお問い合わせからご連絡ください。